息子が意識を取り戻した瞬間
息子がうっすらと目を開け、私たちの声に反応した瞬間。
胸の奥がほどけるように緩み、私も幼稚園の先生方も同時に深く息を吐きました。
・・・本当に、よかった。
あの安堵感は、今でも鮮明に思い出します。
急いで病院へ。しかし診察はすぐに受けられず…
園からタクシーで病院へ直行したものの、電話で告げられたのはまさかの言葉。
「診察は17時以降になります」
それでも心配でしたので、病院のベッドで待つことに。
焦る気持ちとは裏腹に、時間だけが重く流れていきました。
小児科のベッドで3時間の様子見
その間、息子はずっと眠ったまま。
胸が上下しているのを確認しながら、できるだけ冷静でいようとしてました。いや冷静でいなくてはいけなかったという方が正しいかな。
ただ、心の中では
「このまま何かあったらどうしよう」
と不安でいっぱいでした。
後になって思うと、脳がダメージを受けていたから眠り続けていたのだと分かります。
でも当時は理由も分からずただただ、
息子のそばにいるしかできませんでした。
(この後、飲まず食わずになるとは思っていませんでした…)
診察開始。でも検査は次々と続く
ようやく動き出したかと思えば、また待ち・検査・問診の繰り返し。
幼稚園の先生にも電話で説明してもらい、
小児科の先生からは過去の病歴を細かく聞かれました。
同じことを何度も確認され、心の中では「何度聞かれても同じだよ!!今まで何事なく健康そのものだったよ」と思ってました。その時の状況は、「混乱」の一言です。
点滴前、「見ますか?」と聞かれて
医師さんから突然こう言われました。
「お母さん、点滴の針を刺すところ…見ますか?」
その聞き方で
「本当は見てほしくないのかな」
とすぐ察しました。
でも私は即答。
「見ます」
一人目の育児だったら到底直視できないかもしれないけど、
3人の育児を経た今の私は、
「息子に起こることは全部、自分の目で見たい」
そんな気持ちでした。
その瞬間だけ、なぜか見えなかった
覚悟して身を乗り出したのに、
針が刺さる“決定的な瞬間”だけ、なぜか私の視界に入らず。
医師の体の位置が、あえてなのか…。
ただ、泣いている息子の姿に、胸がぎゅっと痛みました。

後になって知った「子どもの点滴の難しさ」
後から分かったのですが、
子どもに点滴の針を刺すのは本当に難しいそうです。
- 血管が細い
- 動く、泣く、暴れる
- 何度も刺し直しになることもある
親としては
「一発で決めてください…!」
と思ってしまうけれど、
小児医療はそもそも難易度が高い世界。
あのときの医師たちの集中と緊張は、今ならよく分かります。
「救急車レベル」と告げられた夜
長い検査のあと、急に医師から言われました。
「これは救急車を呼ぶレベルですよ」
「今日は入院になります」
「帰りたい!上の子たちも心配」
これが本音・・・。
覚悟なんて、全然できていなかった。
病室に案内されたのは夜10時すぎ。
けいれんが落ち着いて息子の表情が和らいできたので、
私はまだ甘く考えていました。
“今夜は念のための入院なんだよね”
と。
翌朝、ドクターたちが“チームで”診察へ
翌朝。
病室のドアが開き、5~6人のドクターがずらり。
「これから私たちがチームで診ていきます」
頭の中は「???」でいっぱいに。
——なぜチームで?
——そんなに深刻なの?
今思えば、
医師たちはこの時すでに分かっていたんです。
“長期戦になる” と。
そしてこの日から、私たち家族の日常は静かに、でも確実に変わり始めました。


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